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2007.7.22.

生前、お会いできたのは1度だけ。
徳島県で開催されたハトリーズトップウォーター教室での事。
独立してCRAWLERを名乗り出した頃でした。
会場に立てられた簡易テントの中にぽつんと座る御老人。
口々に「あれ羽鳥さんじゃない!!?」
「うわっ、本物やぁ」。
みんな生のお姿なんて見たことないもんだからドキドキしてました。
ちょこんと座ったその足元には黄色い長靴。
それより前の近い年に亡くなった自分の祖父によく似ていてさらに驚いてしまったのは自分だけの思い出。
そして、なんてことない肥後守のナイフを祖父の遺品として持っていることも。
羽鳥さんと個別の質問コーナーがあり‥、自分の身の上話をすると‥。
「ルアーなんて作るのやめて真っ当な仕事をしなさい」。
「ルアーを作るのに人の事考えてどうするの?僕は考えた事ないよ」。
失礼な話の聞き方をしてしまったのを覚えています。
頭がスパークしたのをよくよく覚えています。
年に1、2回親交のある玉越さんに釣りのイベントでお会いする時、ことあるごとに
「羽鳥さんはお元気なのですか?できればもう1度羽鳥さんの映像が見たい」。
イチファンとして身上も知らず失礼ながら待ち望んでいました。
ほぼ謎に包まれた方。
独特なその標準語。
自分が知れるのは年1回のハトリーズスペシャルしかなかった。
今の時代じゃ中々いない、その摩訶不思議。
20そこそこのガキンチョからしたら初めて映像で動く姿を見た時は退屈でした。
ただこれを「嗜む」というのだろうな、とボンヤリ思っていました。
希望も老いも含め、いつか自分もこうなるのかな、なんて。
それがいつのまにか自分も年齢を重ね、羽鳥さんの書籍や映像の中の会話が沁みるように。
あんなにピアノのBGMが似合う釣り映像はない。
リベラルアングラーズの「風邪引いて寝込んでいる時に唯一見たい釣り映像作品」は名言だと思います。
しかし、いまだにその佇まいは「浮世離れしている」とも思っています。
今後、まだ発見や自分の解釈は出てくることでしょう。
僕が羽鳥さんと同じ年齢になった時、大人たちが放った小石の波紋はどうなっているのでしょうか。
僕は変な小石を投げてしまっているのか、拾ってしまっているのか。
オールド、ヴィンテージと表されつつも、本人はリールは軽くて楽だよ、と最新のミリオネアを推す言葉だったり、ウェイトや針、ラインアイの角度を変えている事であったり‥と、僕はその有名なスタイルよりも「羽鳥静夫」という人物が知りたかったのだと思っています。
そして散りばめられた言葉から自分以上にヘソマガリだったに違いない。
僕は歯形が着いても色を剥がしたり、捨てることはない。

「僕のハトリーズスペシャルは本物のグラスアイに変えています」。
「ルアーを作るっていうのはその人の考えやイメージとかが集約されなければいけない、なおかつ機能しなければなんの意味もない」。
「本物そっくりに作るというのはちょっとやりさえすれば誰でもできる、そっちの方がずっと楽、ただそれだとなんかイヤだ」。
「欲をかくとロクな事ないよ」。
胸に突き刺さります。
イチファンの戯言ですが晩年を少しでも拝見したかった。
「出たっ!出た」。
「L'oiseau」ロワゾと名付けられたあの本物の「ザラヤッコ」を持っている方を心から羨ましく思います。
オスでもメスでも、あの手の中から作り出されたあのプラグを自分の物にしたかった。
他人の釣りを見ながらあーだこーだ楽しむそのスタイルがもっと広がればな、と思います。
「父へ」。
とは何を指すのでしょうか。

最初で最期の「2007年7月22日」を思い出しながら。
まだノスタルジーに浸る気はさらさらないです。
これからもハトリーズの研究は続けますし‥。
歳を重ねれば親しい人との別れも自ずと増えてしまいます。
でも、いつか自分も順番が来る。
忘れず生涯現役でこれからもガンガン使います。
自分の腕が動かなくなるまで。
自分にも玉ちゃんや仲間達みたいなあの軽快なトークが続くことを願っています。
「悔しいっ!!」。
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